医療現場のニーズと工学のシーズをマッチングさせ、新しい医療デバイスを自ら生み出す

「開腹手術に比べ患者さんへの負担が少ない腹腔鏡手術は、手術後の回復が早く、現在では標準手術となりました。手術支援ロボットも開発され、米国製の『ダヴィンチ』が全国で活躍しています。高度な機能を持ち、特に腹腔鏡手術では難しい『縫う』作業が効率的にできるのが特徴です。しかし、価格が約3億円と高額なため、腹腔鏡手術全体の数パーセントでの利用にとどまっているのが現状です」

 国内でも手術支援ロボットの開発が行われてきましたが、「ダヴィンチ」に追い付く実用化のめどはなかなか立たなかったそうです。医療機器の製品化はメーカーからは市場展望が難しくハードルの高いチャレンジになってしまうこと、高機能な「ダヴィンチ」に追い付くための工学的な技術を集約する難しさなども要因です。

 また、伊藤さんの専門である大腸の外科手術では、「縫う」という処置があまり必要とされません。一方で、「手術支援」には、「鉗子を持ち続ける」「内視鏡のカメラ位置を定める」など、個別の作業を人からロボットに置き換えたいというニーズが、広範囲の手術の現場に存在します。「ダヴィンチ」のオーバースペックな機能を、よりシンプルにすることで幅広い現場に導入できる手術支援ロボットを開発することが伊藤さんとA-Tractionが目指すゴールに設定されました。

さまざまな産学連携でニーズとシーズのマッチングが実現

「NEXT医療機器開発センター」は伊藤さんの命名

「従来、医療器具の開発は、医工連携と言って、私たち医療現場のニーズを中小企業に伝えて実現してきましたが、『道具』レベルでは可能でもロボットとなると『工』の技術的シーズが及びません。かといって大企業では、私たちがニーズを伝えても経営判断が伴う決断がなかなか得られない。A-Tractionは、私を含む3名でスタートしましたが、私が伝える現場のニーズに対して方向性が即決でき、必要な工学的技術は、そのシーズを持つ人材を集めることで開発がスタートする。ニーズに特化したシンプルなシーズの集約がスムーズにでき、スタートから約5年で実用化一歩手前まで来た手応えを得ています」(伊藤さん)

 国立がん研究センター東病院では、2017年5月に「次世代外科・内視鏡治療開発センター(NEXT)」を開設。医師・職員が勤務する開発室に隣接して、開発企業やアカデミアが入居するスペースが用意され、臨床現場と密接した開発環境が実現。産学連携の拠点となる国内最先端のインキュベーション施設です。楽天メディカル、オリンパス、島津製作所、ジョンソン・エンド・ジョンソン、研究所発ベンチャーのA-Tractionなどが入居しています。