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ゼロ次予防の課題。若い世代に「健康」を意識してもらう難しさ
福田さんは、健康について食品ができることとして、健康に対する意識や努力をしなくても「日常的に口にする」ことで、気が付いたら予防や健康増進が期待できることが強みだと言います。近藤さんも、ゼロ次予防を進める上でも重要だと注目します。
近藤さん「脳の健康のために、例えば、習慣として百マス計算をするというのは大変なこと。でも、毎日飲む飲料に脳の健康に良い成分が入っているなら続けやすい。さらに、夫婦や仲間と飲む楽しさもプラスされる。私の分析では、孤食よりも好きな人と食事を摂る方がうつ病や死亡の確率が低くなるということも分かっています」
矢野さんも、食品から健康へのアプローチの面白さを評価します。
「とても面白い取り組みですね。バイオケミカルの体への影響は、研究でも結果が出せます。その結果を社会に出すときに日常の飲料と健康を結び付けた。私はビールを飲みますが、妻と飲んだり、犬の散歩の後に飲んだりするとバイオケミカルの効能とは別のハピネスを感じます」
Part1の幸福度の指標の話を聞いた福田さんも、「質問紙とは別に幸福度の測定を加えたら面白いかもしれない」と、今後の取り組みのヒントを得たそうです。
研究結果を社会に実装する過程で、登壇者全員が共通体験として持っているのが、「若い世代に健康への関心を持ってもらうこと」の難しさです。飲料の事例は、「健康」を意識しなくても、「おいしい」「好み」が習慣化に結び付き、「気付けば健康」へとつながることが期待されます。
国立研究開発法人産業技術総合研究所の小林吉之さんも、直球での「健康」の届きにくさについて実感を込めて語りました。小林さんの研究は「歩くこと」について。柏の葉の街を使い、「いつ誰がどこでどんな歩き方をしていたか」のデータ収集と分析を行う歩行属性判定システム「HOMES」を開発しました。
小林さん「ラボを市民に開放するイベントで、開発段階のHOMESを紹介しました。小さなお子さんを連れた家族連れで盛況でしたが、あなたの転ぶリスクが分かりますよというHOMESの展示は、全く関心を持たれませんでした。転倒は高齢者には大変なリスクですが、若い人が測定しても『大丈夫』としか結果が出ないのも要因です。そこで、次の年には、『あなたの歩行年齢』が分かる仕組みで展示すると、大人気となりました」
中身のテクノロジーも測定方法も同じ。アウトカム(結果)の見せ方だけを変えると、結果の年齢に一喜一憂し、歩行年齢を競い合って楽しむ家族もいたそうです。研究室から社会へ。その過程で、魅力的なアウトカムの見せ方が重要であることを小林さんは実感しました。
株式会社nemuliの佐々木啓庄さんも睡眠を多くの人に意識してもらうために「見せ方」に苦労してきたと言います。健康への関心が低い人にどうアプローチすればいいかを研究するため、ゲーム性やポイントの仕組みを持つアプリケーションを開発し、そのユーザー反応を分析するコンテンツドブリンの手法を用います。
佐々木さん「あなたの睡眠はこうですよと、グラフや数値を用いた解析結果はあえて出しません。ユーザーには、あくまでも睡眠とRPG的な要素を掛け合わせたゲームを楽しんでもらい、睡眠時間に応じてたまるポイントをお得と感じることで継続して使っていただく。でも、システムの中では睡眠時間や睡眠サイクルを解析しているので、ユーザーに適切な睡眠や健康に関する商品をレコメンドできます」
nemuliでは、国立がん研究センターの遠隔チェックインシステムや、実際に柏の葉の街を歩くとポイントがたまる「まちげー」というゲームを製薬会社と開発しています。常にUX(ユーザー体験)を意識した開発を心掛けているそうです。
佐々木さん「まさに今日のテーマである『人々に幸せになってもらう』ために何をするのか。そのグランドデザインが大切。健康に関心の低い層にもアプローチする入り口がどこにあるのか。柏の葉では、実際の街で実験を繰り返すことができます」
小林さんの歩行、佐々木さんの睡眠に関する研究を聞いていた近藤さんは、「異なる業界、別々の研究がリンケージすることで、生活の質が向上するものができる」と指摘しました。
近藤さん「睡眠の質に関するデータを分析すると、気軽に立ち寄れる場所が多い街では睡眠の質も良いという結果が出ました。今、世界的にもウォーカブルな街への関心が高まっています。私も臨床医の立場から、眠れないから睡眠誘導剤をと患者さんから求められると、それよりもしっかり歩くことを勧めます。しかし、健康面で困っている人でも、睡眠と歩行とが結び付きにくくなかなか理解されません。小林さんと佐々木さんの取り組みが結び付けば、よく歩けばしっかり眠れることを多くの人が実感できますね」