「人間拡張技術」で、新たなサービス産業の拠点を作る

街全体が社会課題を解決する大きなラボになる

 持丸センター長は人間拡張技術について、さらに詳しく説明してくれます。

「従来は開発した『○○システム』に値段をつけて売っていましたが、人間拡張というのは、拡張体験そのものが価値です。だから、システムに値段をつけるのではなく、むしろ体験に課金し、ものを使って集めたデータをどんどん蓄積し、ビジネス化する必要があります。そういうことを研究するのがサービス工学です」

 サービスをビジネスにしようとすると、今まで手を組まなかった企業、自治体、住民などのプレーヤーが手を組む必要が出てきます。柏の葉は、そういうことを実験的に行う拠点として望ましいと、持丸さんは考えています。

「私たちが考えているフィジカルなことをやろうとすると、とにかくどこかに拠点が要ります。フィジカルな技術を試せる拠点をここに作り、住民の方々が私たちのサービスで得られたデータをある程度使っていいよと言ってくださるような文化を作ることができれば、ここは社会問題を解決する大きなソーシャルラボになります。そこで、新しい産業が育つ。それが、私たちの狙いです」

 従来は技術シーズを起点に製品を開発する例が多く見られましたが、サービスをビジネス化するには、ユーザー起点でものごとを発想する「デザイン思考」が必要です。産総研はデザイン思考に長けた次世代の技術人材を育成する場として「産総研デザインスクール」を立ち上げました。1年間の試行期間を経て、2019年に本格始動した産総研デザインスクールは、デザイン思考教育で定評のあるデンマークのビジネススクール「KAOSPILOT」と連携。既に、エンジニアが中心である産総研の独自色を打ち出しながら、人材育成に関するカリキュラムと評価システムを共同で開発しています。

持丸さんは、柏の葉の街を実証企業が集うソーシャルラボにしたいと考えています

スマートシティの標準化も視野に

 産総研がデザインスクールを始めた背景には、世界的にモノからサービスにビジネスの重点が移っている中で、いまだに技術シーズ起点から完全に脱却できていない日本のものづくり企業の風土を、変えたいという思いがあります。しかし、持丸さんは、デザインスクールだけではまだ不十分だと考えています。

「デザインスクールに来ている人は現場の方です。トップがデザイン思考に舵を切らないと、いくら優秀な人がきていても、一人や二人がデザイン能力が高くなったからといって、急に大企業が変わるわけではありません」

 そこで、持丸さんたちが戦略として考えているのが、デザイン思考の企業経営を標準化することです。品質マネジメントシステムのISO9001や、環境マネジメントシステムのISO14001のように、それを守っていることを可視化すれば企業価値が上がるとなれば、デザイン思考を経営に導入する企業が増えることでしょう。

 持丸さんはさらに、柏の葉で実験したことをもとに、インフラとしてのスマートシティの考え方を標準化したり、行動原理を標準化することで、SDGsに貢献できると考えています。

「三井不動産とも連携するし、国土交通省や経済産業省とも連携をして、柏の葉に相当するところを日本のあちらこちらでネットワーキングすることが考えられます。例えば、データのアーキテクチュアがそろっていれば、柏の葉で試した事業を富山で試したり、川崎で試したりということが可能です。そういう意味でも標準化はある意味で必要だと思います」

1 2 3 4

前へ