東大の優れた技術を世の中に送り出し、実装するのが使命

「東京大学の発明は全部TLOに来ます。TLOが産業界にライセンスするので、産業界から見れば最初の窓口になります。東大の技術を使いたければTLOと交渉するしかありません。東大の技術のワンストップショップになっている、と言ったらよいかもしれません」

 東京大学TLO代表取締役社長CEOの山本貴史さんは、こう説明してくれます。学生の発明から教授の発明まで全て把握しているので、「こんなことをやりたい」という相談があったときに、どの学生や先生の発明・技術を使えるかを判断し、ライセンス提供や共同研究につなげることができるのが強みです。

新型コロナウイルスへの対応も

 社会に役立つ事例の一つとして、山本社長は新型コロナウイルスに有効な薬剤に関する発明について、説明してくれました。

 東京大学医科学研究所の井上純一郎教授らのチームは、急性膵炎の治療薬として日本で開発され、約30年以上にわたって処方されてきたナファモスタット(商品名フサン)が新型コロナウイルスの感染を阻害する可能性があることを同定し、3月18日に発表しました。新型コロナウイルス感染の最初の段階である、ウイルス外膜と感染する細胞の細胞膜との融合を阻止し、ウイルスの細胞への侵入を防ぐ効果が期待できるそうです。

 コロナウイルスは、Spikeタンパク質(Sタンパク質)がヒト細胞の細胞膜の ACE2 受容体に結合した後に、タンパク質分解酵素であるTMPRSS2で切断され、Sタンパク質が活性化されて細胞に侵入します。ナファモスタットは、このTMPRSS2の働きを抑えることで、ウイルスの感染を防ぎます。

新型コロナウイルスのSタンパク質は、細胞表面の酵素TMPRSS2によって活性化され、細胞に侵入します。ナファモスタットは、TMPRSS2の働きを抑えることで、コロナウイルスの細胞への侵入を阻害する効果があると期待されています

 ナファモスタットには血液の凝固を抑える作用もあるので、コロナウイルスに感染して東京大学医学部附属病院に入院し、集中治療室で治療を受けた患者さんに投与した結果は良好だそうです。この発明については特許出願をして1年間、世界中に無料でライセンスを提供する予定です。実際、山本社長は南米のある国への技術供与について話を進めています。

「南米は日本と比較できないくらい多くの患者が発生しています。恐らく、これを使うと重症化が防げると思います。ウイルスの中のゲノムRNAが変異すると、薬が効かなくなるという話があります。しかし、細胞の遺伝子由来であるTMPRSS2に変異が入る可能性は低いので、ウイルスが変異しても効果が期待できます」