生体膜を模倣するポリマーで、医療・ライフサイエンス分野に革新をもたらす

 切通さんたちが「物理吸着タイプ」と呼んでいる、密着性が低いタイプのMPCポリマーも、構造を制御することで不足していた密着性を改善できるそうです。そうすると、化学的に結合させるタイプよりも耐久性は劣りますが、「手術ごとに廃棄する手術器具のようなものであれば十分に機能を発揮し、医療機器の問題を解決できることが分かってきました」と、切通さんは説明します。

 このように、素材ごとに分子構造を新しく設計し直して、最適なコーティングを施す技術とノウハウを持っていることが、インテリジェント・サーフェスの強みです。

MPCポリマーを用いると生体反応が起きにくいほか、タンパク質や血液が原因となる汚れが付着しにくくなるため、医療用ハサミやメスなどの一般医療機器から、ステント、カテーテル、内視鏡などの高度管理医療機器まで、幅広く応用することが期待されています

 昨年11月に発表した、国立がん研究センターとの内視鏡レンズの「汚れ」を防止する材料研究開発も、医療機器分野での有望なチャレンジの1つです。

 内視鏡を使った検査や手術は近年幅広く行われています。しかし、内視鏡先端のレンズには生体由来の汚れが付着するため、必要な視野を確保するために手術中に何度も内視鏡を取り出して洗浄し、再び挿入するという手間がかかります。これは、医師にとっても患者にとっても時間的・身体的負担であり、解決すべき問題です。

 千葉県柏市柏の葉にある国立がん研究センター東病院は、2017年5月に開設した次世代外科・内視鏡治療開発センター(通称NEXT)に、産学官・医工連携で臨床ニーズに基づいた医療機器を開発するために、医療機器開発センターを設置しました。インテリジェント・サーフェスは、手術機器開発室の室長を務める伊藤雅昭医師らの指導のもと、内視鏡の汚れを防止するコーティング剤としての有効性評価や臨床評価などを行っています。

 歯科分野での応用の可能性も探っています。歯列矯正用のワイヤーは長期間口の中に入れた状態になるので、表面の汚れが虫歯の原因になったり、口臭の原因になったりします。ワイヤーにMPCポリマーを化学固定し、被験者に半年着けてもらったところ、処理していないものは細かいところに汚れが沈着しましたが、MPCポリマーで処理したものは全体的に汚れが付かないという結果が得られたそうです。また、ワイヤー表面の摩擦が小さくなることにより、歯の移動が容易になるという副次的効果も得られました。