データの利活用が導く都市と暮らしの変容
深く広いデータ利活用が描き出す都市の未来像

 そこで生まれたのが情報銀行というコンセプト。例えば、健康に関する情報を預けた人は、ヘルスケアアドバイスやポイントなどの形で利益を得ることができます。また、情報を預ける側は、情報銀行を選ぶことができ、預け先の運用方針などが気に入らなければ、別の情報銀行に預け替えることもできます。

豊田さん「2つ質問があります。まず、情報銀行は公共性や信頼性を備えていることが必須条件だと思います。柴崎さんのお話では、情報銀行は公営ではなく複数の民間企業で、それぞれ個性や戦略性を持つべきということですが、その理由は?」

柴崎さん「1つ目の理由は、情報利用に関する選択肢は多いほうがいいと考えたからです。例えば、情報を環境のために使うとしても、地球環境をよくしたい、自分の住む街のために役立てたいなど、いろいろな要望がありますね。複数の情報銀行がそれぞれに運用方針を打ち出せば、情報提供者は要望に合った組織を選ぶことができます。2つ目の理由は、複数の事業者がいれば競争原理が働き、組織の健全性が保たれることです。3つ目の理由は、誰にでも国や自治体に個人情報を預けることに対して警戒感があること。ですから情報銀行は民業であり、複数の組織が切磋琢磨するのが理想なのです」

豊田さん「なるほど。では次の質問です。お金の場合には日本円などの明確な単位がありますが、情報のチャネルは無限で、おそらく人間がコントロールするのは不可能でしょう。そうするとデータ管理をAIなどに託すことになりそうですが、そうした場合の課題についてどう考えていますか?」

柴崎さん「鋭いご質問です。先ほど、自分の情報を個々が管理するのは現実的に難しいとお話ししました。実はそれは、金融取引でも全く同じです。例えば、個人投資家は証券会社で投資信託を選び、その内部ではソフトウェアが株取引を行なっていますね。この仕組みについて、私たちはあまり不安を覚えていません。それと同様に、情報銀行が実現される際は、私たちはある程度銀行を信じて、情報を託すことになるでしょう」

 この後、2人の会話は情報銀行を実現するための環境整備や、今後を立ちはだかるであろう壁などについて、意見を交換していました。

誰もが活用できる3Dデータが街の未来を拓く

 続いての話題は、豊田さんが提唱する「コモングラウンド」。コモングラウンドの必要性について、豊田さんは未来の会議室を例に説明しました。

豊田さん「ある会議室に人間とARアバターが同席し、ロボットがコーヒーを運んでくるとします。このとき、各ロボットやARエージェントは、それぞれが搭載しているスキャナやセンサで机の大きさや位置、通路の広さなどを別個に認識しなければならず、その計算負荷や通信負荷は膨大なものになるため、今のところ実現できていません。しかし、あらかじめ机や空間に関する共通の3Dデータが用意されていれば、全員がそれを活用し、お互いの行動を調整するなど、スムーズに行動できるはずです。つまり、人間やロボット、アバターなどが共存・協働するためには『コモングラウンド』、つまり環境を汎用性のある3Dデータを記述する仕組みが必要なのです」

フィジカルとデジタル、環境とエージェントの間にある情報を誰もが利用できる汎用3Dデータとして記述する仕組みが、豊田さんが提唱する「コモングラウンド」

 この説明に、柴崎さんは強い関心を示しました。

柴崎さん「例えば、人間同士なら『あの交差点の角のコンビニの正面』といえば、誰でもパッと同じような光景を思い浮かべますよね。しかしこれをロボットに教える場合は、コンビニや交差点といった言葉の定義から、使用する地図の種類まで、あらゆる情報を与えないと協調して効率的な仕事ができない。それをロボットメーカー、地図メーカー、町の設計者などが百者百様のやり方で何とかするのではなく、共通言語のようなものを作っておいて、みんなで利用しようということですね。空間づくり、街づくりには不可欠のアイディアだと思います」

豊田さん「その通りです。しかも、コモングラウンドのメリットは、都市だけが享受するものではありません。図らずもコロナ禍によって私たちはリモートワークを受け入れ、自宅にいながら仕事をし、家事も地域ボランティアもできるということに気づきましたよね。つまり、田舎暮らしと都市生活の二者択一ではなく、田舎で暮らしながら東京本社の会議にも出席するなど、7割は田舎で3割は都市といった中間的な選択肢が視野に入ってきたのです。それを実現するには、コモングラウンドが描く環境が都市だけに集中していてはダメで、田舎やリゾート地などあらゆる場所で普及しなければなりません」